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奥能登復旧の重要拠点となった“いこいの村能登半島” 支配人が語る震災の現実と教訓

シロシル能登 2026年6月10日 更新

 石川県羽咋郡志賀町の役場がある中心部から北に約2キロ。ゴルフ場やペンションなどが集まる「志賀の郷(しかのさと)温泉」エリアの中心的な宿泊施設が“いこいの村能登半島”です。

 1978(昭和53)年の開業以来、県内外からの観光客ばかりではなく、冠婚葬祭などに利用する地元の人たちに親しまれてきました。しかし、令和6年能登半島地震によって施設は一時休館。奥能登へと向かう復旧・復興の作業員たちの拠点として稼働し、徐々に一般客の受け入れを再開するとともに、浴場やレストランをリニューアルして震災前より充実させようとしています。

 その状況と周辺施設を含めた地域の取り組みを、支配人である政氏裕江(まさうじ・ひろえ)さんに聞きました。

[取材・構成 関口威人]

地域密着の宿泊施設にコロナ禍と震災が直撃

“いこいの村能登半島”は、土地や建物が志賀町の所有ということもあり、古くから地域に密着した施設として運営されてきました。宿泊用のお部屋や大浴場だけではなく、大小の会議室や宴会場、バーベキュー会場、ゴーカートのあるファミリーパークやグラウンドゴルフのコースなどがそろっています。そのため、以前は宿泊されるお客さまと同じくらい、日帰りでご利用になる地元の方が多かったんです。結婚式や法事、町内会の集まり、老人会から子ども会のイベントまで、毎日のように地元の皆さんが集まってにぎわっていました。

志賀町の役場がある中心部から北に約2キロに位置する“いこいの村能登半島”(撮影:2026年3月 関口威人)
志賀町の役場がある中心部から北に約2キロに位置する“いこいの村能登半島”(撮影:2026年3月 関口威人)

 私がこの施設に関わるようになってもう30年近くになり、支配人を任されるようになったのは3年ほど前。ちょうど新型コロナウイルスの影響が厳しい時期で、それまでのように大人数で集まる機会がぱったりとなくなってしまいました。そして少しずつ制限が緩和され、客足が戻りつつあったときに見舞われたのが今回の震災です。

 地震発生から3月までは休館とし、一般のお客さまの受け入れを完全に停止。災害対応にあたるごく限られた方のみを受け入れながら、施設の復旧に当たりました。

 当館ではパートさんを含む50〜60人のスタッフが働いています。ほとんどが志賀町や七尾市、中能登町、羽咋市など地元の各地域から通ってきている人たちです。震災後はスタッフの自宅も全壊したり半壊したりと、それぞれが被災して大変な状況にありました。それでもみんな「なんとかしなきゃ」と無理を押して働きに出てきてくれました。本当にありがたいことでした。

 しかし、施設内は温泉の供給を含めて水が完全にストップ。当然、トイレも使えません。元日から大浴場の湯船にたまっていた温泉の残り湯をバケツなどで汲み出し、トイレを流すために使いました。スタッフが仕事に来てくれてもトイレが自由に使えないと、特に女性スタッフは我慢してしまいます。これは頑張っても半日が限界かなということで、半日交代のシフトにして、なんとか施設を維持する日々が続きました。

奥能登復旧の拠点として関係者が長期滞在

 断水は1か月弱続き、1月の後半になってようやくトイレやお風呂が使えるようになり、続いて飲料水も出るようになりました。2月に入ると朝食の提供も再開でき、そこからは自衛隊の方々や、全国から駆けつけてくださった水道関係などインフラ復旧にあたる作業員の方たちの受け入れが本格的に始まりました。

 能登半島の中央部に位置する志賀町は、輪島や珠洲といった被害の大きい奥能登エリアへ向かうための重要な拠点になりました。当初、奥能登までは大変に道が悪く、作業員の方々は金沢を朝に出発しても、到着するころにはお昼になっているのが普通だったそうです。そこで少しでも奥能登エリアに近い志賀町から現場へ向かい、長く作業時間を確保できるよう、私たちも朝の5時半から朝食をご用意する態勢を整えました。

 ただ、最初のころは部屋が足りず、大人数の作業員の方たちは和室の宴会場に雑魚寝していただくような状況でした。もともと当館は家族連れやグループ向けで、お一人で長期間、泊まれるような部屋がなかったんです。そこで夏ごろに急きょコンテナハウスのような「シングル棟」を駐車場に15棟建設。その後さらに15棟をプラスし、計30棟のシングル棟を稼働させ、長期滞在のお仕事関係の方は、そちらに泊まっていただくことにしました。

長期滞在の復旧・復興業者向けに駐車場の一画を使って建てられた「シングル棟」(撮影:2026年3月 関口威人)
長期滞在の復旧・復興業者向けに駐車場の一画を使って建てられた「シングル棟」(撮影:2026年3月 関口威人)

1か月ストップした浴場の冷たい床を「畳敷き」に

 6月になり、少しずつですが一般のお客さまの受け入れを再開。最初は昔から利用してくださっている人たちが心配して顔を見せに来てくれて、それから近くの被災された方や、県内の方々が来てくれるようになりました。

 そのタイミングで、大浴場のお風呂を「畳敷き」にリニューアルすることに。というのも震災で1か月間、お風呂の稼働がストップしたとき、床が冷たくなって本当に歩けないぐらいの状態になってしまったからです。今までお風呂を長期間止めたことがなかったので、私たちもそんなことになるんだと初めて気がつきました。

 そこで、洗い場とサウナの石材の床に滑りにくく、クッション性のある畳材を敷き詰めました。当館では年配のお客さまも多いですし、赤ちゃん連れのご家族もいらっしゃいます。畳なら足元が冷たくないだけではなく、万が一転んでも危なくありません。

 リニューアルは2024年8月に終え、翌25年3月にはクラウドファンディングも行い、最終的に100万円以上の支援をいただいて畳のリース代や水風呂の設置などに活用させてもらいました。リニューアルにともなって25年4月からはすべてのお客さまに日帰り入浴もしていただけるようになっています。

洗い場の床に畳を敷き詰めた大浴場(撮影:2025年11月 いこいの村能登半島提供)
洗い場の床に畳を敷き詰めた大浴場(撮影:2025年11月 いこいの村能登半島提供)

レストランでは「ハーフバイキング」をスタート

 一方で、痛手なのは夏用の「プール」です。夏休みの一番の目玉だったのですが、地震の影響で完全に壊れてしまいました。大がかりな修理が必要で、もう元のプールに戻ることはほぼないかと思っています。今年の夏は幼児向けの水遊びスペースだけでも設置して、少しでも子どもたちが遊べる場所をつくろうと準備しているところです。

 それでも徐々に自転車やゴーカートで遊ぶ家族連れの姿が見られるようになり、パークゴルフやグラウンドゴルフを楽しむ年配の方たちが富山や福井など北陸3県からも戻ってこられるようになりました。修学旅行で震災を学ぶ中高生や、ボランティアをしながら滞在する大学生なども増えています。

 2026年4月からは、レストランをリニューアルして新しく「ハーフバイキング」を始めました。これまでバイキングは朝食だけで、夕食はお一人ずつお出しする会席コースでしたが、夕食でもバイキングを取り入れながら、お刺身の舟盛りを1人ひとりにお出しするような新しいスタイルです。ランクアップしたお部屋や、「のとじま水族館」の入館チケット付きなどのさまざまなプランをご用意しています。

 このように、当館だけを見れば、お泊まりもできて、遊びもできて、バーベキューも会議も宴会もできるという多様性があります。子ども会から老人会、会社の新人研修まで対応できる施設は、この地域でもほかにない特色だと思っています。

 しかし、地元の方々が集まる冠婚葬祭や法事などの利用は、コロナと震災を経てめっきり減ってしまいました。地域の人口自体が減り、人が集まる機会そのものがなくなってきています。これ以上、地域のコミュニティがなくならないように、やはり地元の方々が日常的な集まりで利用できる身近な施設であり続けたいと強く思っています。

リニューアルとともに「ハーフバイキング」形式を取り入れたレストラン(撮影:2026年4月 いこいの村能登半島提供)
リニューアルとともに「ハーフバイキング」形式を取り入れたレストラン(撮影:2026年4月 いこいの村能登半島提供)

「貝集め」のイベントなどで地域全体の活性化へ

 そのためにも地域全体、能登全体で商業や観光をどう活性化できるかが課題です。

 石川県では団体旅行を応援する「今行ける能登」キャンペーンを実施中で、当館にも宿泊割引を使ってお泊りになり、さらにお買い物電子クーポンの発行を受けて周辺地域を回る団体のお客さまがいらっしゃいます。

 また、志賀町としては町内の増穂浦(ますほがうら)海岸で36種類の貝を集める「36歌仙貝コレクション」という観光イベントを展開しています。

▶シロシル能登 一人のつながりが大きな絆に──“志賀町観光協会”が紡ぐ『復興物語~スマホの記録~』

 江戸時代から歌詠みが盛んだった志賀町の富来(とぎ)地区では、貝の名前が詠まれた36首の和歌や俳句が「富来歌仙」として伝承されてきました。その歌に詠まれた36種類の小貝を拾い集め、専用のコレクションボックスに収めると景品がプレゼントされるというイベントです。

 参加費は500円で、専用ボックスを当館もしくは「道の駅とぎ海街道(うみかいどう)」「シーサイドヴィラ渤海(ぼっかい)」のいずれかで受け取っていただき、増穂浦海岸で貝を集めて近くの施設に持ち帰ってスタッフが確認。集めた種類に応じて景品をプレゼントしています。36種をコンプリートしたお客さまには、当館のペア宿泊券をご用意しています。1日や2日ではなかなかすべて集まらないので、何度も足を運んでコンプリートを目指す方がいらっしゃいます。

「36歌仙貝コレクション」の専用コレクションボックス(公式インスタグラムから)
「36歌仙貝コレクション」の専用コレクションボックス(公式Instagramから)

 道の駅とぎ海街道とシーサイドヴィラ渤海は、当館(株式会社いこいの村能登半島)が志賀町から指定管理者の指定を受けて両方とも運営しているのですが、「渤海」のほうは地震によるホテルの損傷が激しく、2026年6月のいまでも一般のお客さまを受け入れられず、復旧・復興関係者の受け入れと温泉のみ営業をしています。道の駅のほうは通常営業をして少しずつ賑わいを取り戻してはいますが、まだまだ手探りの状態が続いています。

 今後もさまざまな施設や旅行会社、学校とも連携して、地域・能登の活性化事業を展開し、震災後の新しい観光のスキームを定着化させていきたいと考えています。

取材後記

 インタビュー中、浴場の「畳敷き」の話を聞き、よくある脱衣場の床をイメージしてしまいました。

 ところが実際に浴場を見させてもらうと、脱衣場ではなく洗い場の床に畳がびっしり。なるほど、この発想はなかった!と感心しました。

 震災があって初めて問題に気づき、以前の状態よりも改善されたという意味では単なる復旧・復興ではなく、まさに「創造的復興」。

「畳風呂」は全国的に決して珍しくはないようですが、こうしたストーリーを含めてぜひ「いこいの村モデル」として他の温泉施設でも取り入れられてほしいと思いました。

大浴場の洗い場の床に敷き詰められた畳(撮影:2026年3月 関口威人)
大浴場の洗い場の床に敷き詰められた畳(撮影:2026年3月 関口威人)

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